月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり


つ れづれなるまゝに、日くらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
by anydaisuki
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僕を育ててくれた景色

♪また僕を育ててくれた景色が 呆気なく金になった
少しだけ感傷に浸った後 「まあ それもそうだな」
(Mr.Children/ランニングハイ)

このところ、立て続けに2つ、私を育ててくれたものがなくなってる。(正確には、ひとつはなくなって、もうひとつはなくなりつつある)

ひとつは、ふるさと。
といっても、私が育った市のことじゃなくて、おやじの実家の村のこと。

育った市は、ほんとただの”まち”って感じで、帰ると記憶と結びついて少し懐かしい感じはするけど、でもいわゆる”郷愁の念”みたいなのを感じるのはその村の方。

で、その村、物理的にはほとんど変わってないけど、市町村合併でおやじの実家の村が、隣の市と合併してなくなってしまったのだ。
旧の村名が字名の前に付いたものの、やっぱりあそこを”市”って言うのはしっくりこない。ほんと、名古屋と同じ愛知県なのに冬はスタッドレス履いていかなくちゃならないくらい田舎なわけで。

まあでも、こっちの方はまだ景色自体が変わるわけじゃないからまだいい。

もうひとつなくなってしまうのは、私の母校。
形式上は、他の学校と統合するってのらしいけど、私の母校の方の校舎はもう使わないんだってさ。なんか、廃校同然じゃん。

近鉄電車に乗って名古屋から帰る度に車窓から眺めて、自分の過ごした校舎を一瞬でも眺めることで、自分の立ち位置みたいなのをふと再確認する、みたいなことも、もうしばらくするとできなくなるのかな、なんて考えてみたりする。

頭では、この2つがなくなる合理的な理由はよく分かる。とくに今みたいな仕事してるとそう思う。でも、私の記憶の断片にたどり着く道標みたいなもんが消えてしまうのは、やっぱり少し寂しくもあるんさな。
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by anydaisuki | 2005-12-14 20:44 | よしなしごと
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